角運動量の「辞典」

 量子力学の入門書を現在と以前とで比較してみると,いくつかの違いがあることに気づく.その一つが角運動量の扱い方で,以前のほうがずっと詳しく書かれていた.これはおそらく量子力学の応用として原子物理や原子核物理を見据えていたためであろう.現在では量子情報や量子光学など,より広く量子力学が使われているために角運動量の取り扱いが相対的に減ってきている.角運動量の合成は一般に複雑で,ラカーの公式と呼ばれるクレブシュ-ゴルダン係数の一般公式を導出するのも結構大変である.さらに角運動量の状態が増えて6j,9j,12j記号となると,使い慣れていない者にとってそれらの関係式はほとんど職人芸的にみえるほど複雑である.こうした角運動量に関する公式や関係式を網羅的に掲載した,角運動量のバイブル的な本として

D. A. Varshalovich, A. N. Moskalev, V. K. Khersonskii, "Quantum Theory of Angular Momentum", World Scientific, 1988

がある.この本の存在は以前から知っていたが,長らく実物を見たことがなかった.ところが今年になってクリエイティブ・コモンズに基づいてこの本がオープンアクセス化された(World Scientific のサイトからも閲覧できる).なかなか壮観である.こららの公式を導くのにどれくらいの時間をかけたのか,考えるだけで気が遠くなりそうである.