グリフィス 電磁気学 第5版

 昨年の冬にグリフィス電磁気学の第5版が発売された.目次をみるかぎり,第4版との違いはわずかである.削除された章や節はなく,追加された節は "4.3.4 The Crystal Ambiguity", "11.2 Power Radiated by a Point Charge", "11.3 The Radiation Reaction" である.11.2は "11.2.1 The Larmor Formula", "11.2.2 The Lienard Formula"を含み,11.3は "11.3.1 The Abraham–Lorentz Formula", "11.3.2 The Self-Force on a Charged Particle" を含む.

 このうち,11.2.1と11.2.2は第4版の11.2.1を2つに分けたような内容であり,11.3.1と11.3.2は第4版の11.2.2と11.2.3にそれぞれ対応する.

 4.3.4は新しい内容追加であり,NaClのようなイオン結晶の物質を誘電体とみなすと,どの部分を電気双極子とみなすかによって曖昧さが生じてしまうことが述べられている.

カラテオドリの原理と熱力学

 熱力学において,熱は状態量ではなく状態の経路に依存する.数学では熱はパフ形式(1形式)で表される.パフ形式は積分因子が存在すれば全微分の形にすることができ,全微分の形になれば状態の経路に依存しない,状態量が定義できる.熱力学では積分因子が絶対温度(の逆数),全微分で表したときの状態量がエントロピーである.


 2変数のパフ形式は常に積分因子が存在する.例えば圧力  P と体積  V だけが関係する熱力学系では常に絶対温度が定義できて,エントロピーが存在する. 一方,3変数以上のパフ形式では,積分因子はある条件を満たさないと存在しない.カラテオドリの定理によると,


「任意の熱平衡状態の近傍には、断熱変化では到達不可能な状態が存在する」

「パフ形式としての熱は積分因子をもつ」


は等価である.そこで前者の条件を原理として要請すれば,任意の変数をもつ熱力学系に対しても熱が積分因子をもち,したがってエントロピーが定義できることになる.これがいわゆるカラテオドリの原理であり,カラテオドリの原理は熱力学第二法則の等価な表現であることが知られている.とすると,2変数の熱力学系では熱力学第二法則を要請しなくてもエントロピーの存在が保証されることになるのだろうか?

熱力学のメモ

 系に流入する熱を  dQ, 系になされる仕事を  dW とすると,系の内部エネルギーの変化  dU


 \begin{align} dU=dQ+dW \end{align}


であり,これは可逆変化でも不可逆変化でもなりたつ.これを温度  T, エントロピー  S, 圧力  p, 体積  V で表すと


 \begin{align} dU=T\; dS-p\; dV \end{align}


であり,この式も可逆変化でも不可逆変化でもなりたつ.ところが


 \begin{align} dQ=T\; dS,\qquad dW=-p\; dV \end{align}


は一般的に正しくない.この式がなりたつのは可逆変化の場合のみである.可逆変化でも不可逆変化でもなりたつ関係式は


 \begin{align} dQ\leq T\; dS,\qquad dW\geq -p\; dV \end{align}


である.

ケンブリッジ大学出版のオープンアクセス

 ケンブリッジ大学出版は学術雑誌だけでなく理数系の専門書も数多く出版しているのだが,専門書のオープンアクセス化が進みつつある.2023年8月20日現在,Physics and Astronomy の分野で45冊がオープンアクセスとなっている.タイトルを眺めてみると素粒子物理の本が多い.今後もどんどん増えてほしい.

運動量演算子

 運動量演算子といえば(1次元ならば)即座に  \hat{p}=-i\hbar\; d/dx と書き下すわけであるが,微妙な問題を含んでいる。位置と運動量の交換関係


 \begin{align} [ \hat{x}, \hat{p} ] = i\hbar \end{align}


の両辺を位置の固有状態で挟むと


 \begin{align} \langle x |  [ \hat{x}, \hat{p} ] | y \rangle = i\hbar \langle x| y\rangle \end{align}


となり,左辺は  (x-y) \langle x| \hat{p} | y\rangle,右辺は  \langle x|y\rangle = \delta(x-y) により


 \begin{align}  (x-y) \langle x| \hat{p} | y\rangle = i\hbar \delta(x-y) \end{align}


になる.この式を満たす   \langle x| \hat{p} | y\rangle は, k を任意定数として


  \begin{align}  \langle x| \hat{p} | y\rangle = -i\hbar \frac{d}{dx} \delta(x-y) + k\delta(x-y) \end{align}


である.右辺第2項は  (x-y)\delta(x-y)=0 であることによって許される.すなわちより一般的には


 \begin{align} \langle x| \hat{p} | y\rangle= -i\hbar \frac{d}{dx} \langle x|y \rangle + k\langle x|y \rangle \end{align}


と書ける.普通の量子力学では  k=0 の場合のみを考えて  \hat{p}=-i\hbar\; d/dx とするのだが,数学では  \hat{x}, \hat{p} のような非有界作用素の積は定義域などをきちんと定めなければいけない. k の任意性はこうしたところが生ずるものと思われる.

そろそろ量子計算の新たな定番本を

 昨年9月にZettiliの量子力学第3版が出たが,5カ月経った今でも紙形式しか発売されていない.1000ページもある本を持ち歩きたい人はいないだろう.何で電子版を出さないのだろうか?


 ところで量子コンピュータ関連の定番書籍と言えば,いまだに2000年に出た Nielsen-Chuang である.発展の速い分野なのだから,そろそろ新しい定番本が出てほしい.それに NC は問題の解答がないので独学者には辛い.解答を網羅的に載せているサイトは見つからなかった.