ワインバーグ量子力学講義

 ワインバーグ量子力学講義(岡村浩訳,ちくま学芸文庫)を買ってみた。数式の添え字が微小すぎて,とても読みづらい。数式を多用する理工学書は文庫サイズにすべきでないと改めて感じた。内容がいいだけに,このままにしておくのは大変惜しい。普通の専門書サイズにできないのであろうか。

誰が磁場をつくったのか?(その3)

 グリフィスのテキストでは伝導電流も変位電流も磁場をつくるような書き方だが,太田浩一氏の「電磁気学の基礎I」では変位電流は磁場をつくらないことを強調している.微分型のマクスウェル方程式を見るかぎり,磁場をつくるのは電流密度だけである.積分型のマクスウェル方程式因果律があいまいであり,何が何をつくったのかがわかりにくい.もし本当に変位電流が磁場を「作る」のであれば,遠方につくる磁場は変位電流のある場所からの遅延があるはずであるが,積分型のマクスウェル方程式ではそれがみえない.定常電流がつくる磁場と同様な手法が使えるという意味で,変位電流のつくる磁場はある種の計算手法として考えるのが適切なのかもしれない.

誰が磁場をつくったのか?(その2)

 ストークスの定理(回転定理)によれば,閉曲線を囲む面は平面である必要はなく,どのような曲面であってもよい.前回は平面としたが,今度は図のような円筒を考える.

平面を変形したものなので,円筒左端の面は「閉じて」おり,円筒右側の面は(図では見えないが)もちろん「開いて」いる.この円筒を通り抜ける電流を考える.円筒左端の面には導線を通じて伝導電流  I が通過する.またこの円筒は左側の極板と重なっているので,極板上の電流も円筒側面を通過する.(極板上の電流は中心からふちに向かって放射状に流れる.)これですべてである.すなわち,伝導電流は存在するが変位電流は存在しない.これは「その1」のときと逆の状況である.


 極板上で極板の中心を中心とする,半径  s のリング部分を外側に向かって通過する電流を  I(s) とする.半径  s の円部分の面電荷密度は,導線から流入する電荷と,リングから出ていく電荷の差で表されるので,


 \begin{align} \sigma(t) = \frac{(I-I(s))t}{\pi s^2} \end{align}


と書ける.ここで面電荷密度が一様であるとしていたから, I-I(s)=ks^2 でなければならない( k は定数). k は, I(a)=0 であることを使うと  k=I/a^2 に決まる.すなわち  I(s)=I(1-s^2/a^2) である.よって,アンペール・マクスウェルの法則より


 \begin{align} B(2\pi s) = \mu_0(I-I(s))=\mu_0 I\frac{s^2}{a^2}, \qquad B=\frac{\mu_0 Is}{2\pi a^2}  \end{align}


を得る.これは「その1」と同じ答である.


 「その1」では変位電流によって生じた磁場を,「その2」では伝導電流によって生じた磁場を計算し,いずれも同じ磁場を得た.アンペールループを囲む面は人間が自由に選ぶことができるので,「誰が」磁場をつくったのかは人間が恣意的に選ぶことができる.つまり「誰が」という問いは本質的な意味をもたないのかもしれない.グリフィスは準哲学的な問題,と書いている.

誰が磁場をつくったのか?(その1)

 グリフィスの電磁気学の本に面白い問題があった.元ネタは


D.J. グリフィス(著),溝田節生・坂田英明・二国徹郎・徳永英司(訳)「グリフィス 電磁気学 I」,丸善出版(2019)


の問題7.35である.


 アンペール・マクスウェルの法則


 \begin{align}  \oint \mathbf{B}\cdot d\mathbf{l} = \mu_0 I + \mu_0 \epsilon_0 \int \frac{\partial \mathbf{E}}{\partial t}\cdot d\mathbf{S} \end{align}


によれば,電流  I があれば周りに磁場が生じるし,変位電流  \epsilon_0 (\partial \mathbf{E}/\partial t) があっても周りに磁場ができる.(変位電流と区別するため,電流  I を伝導電流と呼ぶことにする.)では,伝導電流と変位電流がともに存在する場合に,どちらが磁場をつくったのかを区別することができるだろうか?


 以下のような平行板コンデンサーを考える.極板は半径  a の円板で,極板間距離を  d とする.もちろん  d\ll a であるとする.極板の中心に導線がつないであり,導線を通じて電流が極板に流れる状況を考える.すなわちコンデンサーが充電されている状態である.仮定として,極板に蓄積される面電荷密度は一様(場所によらない)とする.

 求めたいのは極板間にできる磁場である.そこで「アンペールループ」として,極板の中心軸を中心とする半径  s の円を考える(図の破線の円).このループが囲む平面内には伝導電流は存在せず,変位電流のみが存在する.時刻  t で極板に溜まった電荷 Q(t) とすると,面電荷密度は  \sigma = Q(t)/\pi a^2 である.また導線の電流を  I とすると, Q(t)=It である.これにより極板間の電場は,


 \begin{align} \mathbf{E} = \frac{\sigma(t)}{\epsilon_0}\hat{\mathbf{z}} = \frac{It}{\epsilon_0 \pi a^2}\hat{\mathbf{z}} \end{align}


となる. \hat{\mathbf{z}} は極板の中心軸方向の単位ベクトルである.アンペールループが囲む平面を貫く変位電流は


 \begin{align} I_d = \epsilon_0 \frac{dE}{dt}(\pi s^2)= I\frac{s^2}{a^2} \end{align}


なので,アンペール・マクスウェルの法則より  B(2\pi s) = \mu_0 I_d,すなわち


  \begin{align} B=\frac{\mu_0 I s}{2\pi a^2} \end{align}


となる(向きは円周方向).

単極誘導

 単極誘導(ファラデーディスク)は深入りすると泥沼にはまる危険がある.詳しくはファラデーのパラドックスを参照.問題設定はいくつかあるが,ここでは


砂川重信,「電磁気学」物理テキストシリーズ,岩波書店(1987)


に掲載されているものを挙げる.



 磁石の上に金属円板を置き,円板の中心と縁を導線でつなぐ.円板を中心軸のまわりに一定角速度  \omega で回転させると,導線に電流が流れる.簡単のため円板を貫く磁場  \mathbf{B} は一様であるとする.電流が流れる理由は円板上の点電荷ローレンツ力を受けるためで,中心から距離  r 離れた場所の点電荷は回転によって  r\omega の速度をもつ.この速度と磁場の方向は直交しており,ローレンツ力によって点電荷は円板の縁方向に単位電荷あたり  \mathbf{v}\times\mathbf{B} = r\omega B \hat{\mathbf{r}} の力を受ける.円板の半径にわたって積分すると,起電力


 \begin{align} \mathcal{E} = \int_0^a d\mathbf{r}\cdot r\omega B\hat{\mathbf{r}} = \frac{1}{2}a^2\omega  B\end{align}


が求まる.導線の抵抗を  R とすれば,導線を流れる電流は  a^2\omega B/2R になる.


 ここまでは多くの本に書かれているが,まったく問題がないわけではない.起電力を計算するのに半径方向に積分したが,実際の電流は円板全体に広がるので「閉回路が磁束を横切る」の意味がはっきりしない.


 上記の本では,次に円板を止めて磁石を回転させた場合にどうなるかを記している.この場合には導線に電流は流れない.磁石が回転しても磁力線は回転せず,磁力線は空間に固定されたものであるということである.説明はこれで終わっているが,ここで疑問が残るのは,磁石とともに回転する座標系でも電流は流れないのだろうか?磁石とともに回転する座標系では円板が回転するので,上記の計算のように電流が流れるような気がするが,よく考えてみると少し状況が異なる.この場合には円板だけでなく導線も回転してしまう.そうすると円板上の電荷だけでなく,導線内の電荷ローレンツ力を受けて起電力が発生する.もしこの二つの起電力が完全に相殺すれば電流は流れず,磁石が回転する座標系の場合と同じ結果を得ることになる.残念ながらこのことを説明している文献を知らないので真偽は不明である.

誰が仕事をしたのか

 摩擦のない斜面に物体を置き,図のように水平方向に力  F を加える.すると物体は斜面に沿って上昇する.物体を上方向に持ち上げたのは誰だろうか?



 一見すると力  F は水平方向であるから鉛直方向に仕事をしない.斜面は摩擦がないので垂直抗力  N は斜面に垂直であり,物体に仕事をしない.


 垂直抗力が仕事をしない以上,物体に仕事をしたのは力  F である.水平方向の力が垂直抗力によって鉛直成分をもつように変換されている(垂直抗力は水平成分と鉛直成分をもっている).それでも,鉛直上向き成分を持っている力は垂直抗力だけであるから,垂直抗力が仕事をして物体を持ち上げているように見えてしまう.


 これと同じ現象が電荷  q に作用する磁気的な力  q\,\mathbf{v}\times\mathbf{B} でも起こっている.この力は電荷の移動方向に垂直なので電荷に仕事をしない.しかし2本の平行な電流の間に引力や斥力がはたらいたり,磁石が鉄を引き寄せるように,磁気的な力が仕事をしているように見える現象は多い.グリフィスによるとこうした磁気的な力というのは上図の垂直抗力のようなもので,それ自体は仕事をしないが,外力や電気的な力を異なる向きに変換させ,それによってあたかも磁気的な力が仕事をしているかのように見えてしまうのだという.

アブラハム-ミンコフスキー論争(メモ)

 アブラハム-ミンコフスキー論争とは,物質中の電磁場の運動量をどのように定義すべきかという論争.100年以上にわたって明確な結論は出ていない.以下のメモは


David J. Griffiths, "Resource Letter EM-1: Electromagnetic Momentum", Am. J. Phys. 80, 7 (2012)


に基づく.


 線形物質  \mathbf{D}=\epsilon \mathbf{E}, \mathbf{H}=(1/\mu)\mathbf{B} の場合を考える.電磁場のエネルギー密度  u_m とエネルギー流束(ポインティングベクトル) \mathbf{S}_m


 \begin{align} u_m = \frac{1}{2}(\mathbf{E}\cdot\mathbf{D}+\mathbf{B}\cdot\mathbf{H}) \end{align}


 \begin{align} \mathbf{S}_m = \mathbf{E}\times\mathbf{H} \end{align}


で与えられる.一方,(分極を形成する拘束電荷を除いた)自由電荷  \rho_f に単位体積あたりにはたらく力は


 \begin{align} \rho_f\mathbf{E}+\mathbf{J}_f\times\mathbf{B} = \pmb{\nabla}\cdot\mathbb{T}_m-\frac{\partial}{\partial t}(\mathbf{D}\times\mathbf{B}) \tag{1} \label{1} \end{align}


で与えられ( \mathbf{J}_f \rho_f の運動による自由電流),  \mathbb{T}_m は運動量テンソル


 \begin{align} \mathbb{T}_m = \mathbf{E}\mathbf{D}-\frac{\mathbb{I}}{2}(\mathbf{E}\cdot\mathbf{D}) + \mathbf{B}\mathbf{H}-\frac{\mathbb{I}}{2}(\mathbf{B}\cdot\mathbf{H}) \end{align}


で,残りの項


 \begin{align} \mathbf{g}_M = \mathbf{D}\times\mathbf{B} \end{align}


が運動量密度に相当する(ミンコフスキーの運動量).この結果,4元エネルギー運動量テンソル


 \begin{align} (T_M)^{\mu\nu} = \begin{pmatrix} u_m & \mathbf{S}_m/c \\ c\mathbf{g}_M & -\mathbb{T}_m \end{pmatrix}\end{align}


となる.


  (T_M)^{\mu\nu} の非対角項を見ると, \mathbf{S}_m/c \neq c\mathbf{g}_M であり,角運動量を保存しない(連続体力学によれば,角運動量保存のためには応力テンソルが対称テンソルでなければならない).そこでアブラハムは対称テンソルになるように,運動量密度を


 \begin{align} \mathbf{g}_A = \frac{1}{c^2} \mathbf{E}\times\mathbf{H} \end{align}


と提案した. u_m, \mathbf{S}_m, \mathbb{T}_m は変えない.この場合\eqref{1}は


 \begin{align}  \rho_f\mathbf{E}+\mathbf{J}_f\times\mathbf{B}+\mathbf{f}_A = \pmb{\nabla}\cdot\mathbb{T}_m-\frac{\partial}{\partial t}\mathbf{g}_A \end{align}


 \begin{align} \mathbf{f}_A=\left(1-\frac{1}{n^2}\right)\frac{\partial}{\partial t}(\mathbf{D}\times\mathbf{B}) \end{align}


に置き換わる. \mathbf{f}_Aアブラハム力という. n=\sqrt{\epsilon\mu/\epsilon_0\mu_0} は物質の屈折率である.真空中では  n=1 であるから  \mathbf{f}_A=0 である.


 物質中の電磁運動量として  \mathbf{g}_M \mathbf{g}_A のどちらであるべきかがアブラハム-ミンコフスキー論争である.理論,実験両面にわたり,ミンコフスキーに賛成する人もいれば、アブラハムに賛成する人もいる.そのような中,1960年代後半からある種のコンセンサスに近いものが生まれてきた.ミンコフスキー運動量とアブラハム運動量の両方が「正しく」、それらは異なる問題を語っており、2つのうちどちらを「真の」電磁運動量と認識するかは好みの問題である,ということである.ポイントはポアンカレがはるか昔に指摘したように,物質が存在する場合に電磁場のエネルギー運動量テンソル自体は保存されない,ということにある.保存するのは電磁場と物質を合わせた全エネルギー運動量テンソルである.そして、エネルギー運動量テンソルをどのように電磁場の部分と物質の部分に振り分けるかは、文脈と問題の利便性に依存する.ミンコフスキーはある方法で、アブラハムは別の方法で、全体の異なる部分を電磁場的とみなしている.真空中を除いて、電磁場の運動量自体は本質的にあいまいな概念である.


 例えば、光が物質を通過するとき、電荷に力を及ぼし、電荷を運動させ、物質に運動量を提供する。これは波に関連したものなので、純粋に力学的なものであっても、その一部または全部を電磁波の運動量に含めることは不合理ではない.しかし、この運動量がどこにどのようにあるのかを正確に把握することは非常に難しい.


 ミンコフスキーとアブラハムの運動量は物理的には一体何を表しているのだろうか.また、文脈によってはどちらか一方が有利になるように見えるのはなぜだろうか.最近Barnettらは、粒子の運動量と正準運動量の違いに関係があることを指摘している.


Stephen M. Barnett, "Resolution of the Abraham-Minkowski Dilemma", Phys. Rev. Lett. 104, 070401 (2010)


アブラハム運動量は前者、ミンコフスキー運動量は後者と関連しており、総和


 \begin{align} \mathbf{p}_{\mathrm{total}} = \mathbf{p}_{\mathrm{kinetic}} + \int d^3r\, \mathbf{g}_A = \mathbf{p}_{\mathrm{canonical}} + \int d^3r\, \mathbf{g}_M \end{align}


は保存される.つまり,粒子の運動量をどちらに取るかによって,アブラハム運動量かミンコフスキー運動量のどちらかを適切に採用すればよいことになる.しかし現在でもこれが最終的な結論であるとの合意はなされていない.