誰が仕事をしたのか

 摩擦のない斜面に物体を置き,図のように水平方向に力  F を加える.すると物体は斜面に沿って上昇する.物体を上方向に持ち上げたのは誰だろうか?



 一見すると力  F は水平方向であるから鉛直方向に仕事をしない.斜面は摩擦がないので垂直抗力  N は斜面に垂直であり,物体に仕事をしない.


 垂直抗力が仕事をしない以上,物体に仕事をしたのは力  F である.水平方向の力が垂直抗力によって鉛直成分をもつように変換されている(垂直抗力は水平成分と鉛直成分をもっている).それでも,鉛直上向き成分を持っている力は垂直抗力だけであるから,垂直抗力が仕事をして物体を持ち上げているように見えてしまう.


 これと同じ現象が電荷  q に作用する磁気的な力  q\,\mathbf{v}\times\mathbf{B} でも起こっている.この力は電荷の移動方向に垂直なので電荷に仕事をしない.しかし2本の平行な電流の間に引力や斥力がはたらいたり,磁石が鉄を引き寄せるように,磁気的な力が仕事をしているように見える現象は多い.グリフィスによるとこうした磁気的な力というのは上図の垂直抗力のようなもので,それ自体は仕事をしないが,外力や電気的な力を異なる向きに変換させ,それによってあたかも磁気的な力が仕事をしているかのように見えてしまうのだという.